抗がん剤治療と辛い副作用について
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父の25周忌:当時の最先端医療と抗がん剤の思い出

葉桜の季節。この25年間、気がつけば父の命日は爽やかな晴天が多いように思われます。
父は文京区の大学病院で一年の闘病生活を送り、旅立って今日で25年です。

大学病院には歩いて行けますから4半世紀経ったし、家族を誘って訪れようと思ったのですがやはり、未だに辛く、できかねました。
特に本日は風が強いからです。

医療は日進月歩で、最近では癌になっても早期治療や新しい抗がん剤で命が救われた話を聞くたびに、良い時代になったと思うと同時に、切なく父を思い出します。
ずっと寄り添っていた母を思い出します。
まだ中学生、小学生だった私たちの子供時代を思い出します。
今では有名な抗がん剤が、当時は公に認められず、任意で別の大学病院まで、母と一緒に頂きに行ったことを思い出します。
末期がんの患者さんの家族が列を成していました。
悲しい思い出です。

父が入院していたのは、3階だったか、4階だったか、もはや失念しました。
非常に古い病棟も、数年前に立派な高層病棟に変わりましたが、最先端の医療を受けられる、とのことで、今でも末期のお友達が退院のない入院をし、悲しい場所に変わりありません。古い病棟では、食堂の窓から父の病室を眺めることができました。
25年前の今日、私達家族は部屋から出るように医師に指示され、食堂で、じっと父の病室を見つめていました。
1時間ほどで、新緑に囲まれた部屋の窓が開き、医師2人が疲れきった身体を覗かせた姿を見せた時、ああ、父は旅立ったのだな、と思いました。
吸い込まれそうな青い空、きれいな空気、萌えゆ緑の季節に、旅立ったのだな、父らしい、と少々安堵いたしました。
悲しい記憶が塗り重ねられて、今の抗がん剤の発展があると思います。
とても、とても悲しい分、今の医療の発展を喜ばしいものと感じ入る本日です。

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